ああ、奥底に沈めて、君から隠していたのに。



今日は、一人で街まで買い物に出かけた。何人かに「付き合おうか?」と聞かれたけど断った。ありがとう、でもいいわ。今日は一人で出かけたいの。そうすると、みんな決まって迷子になるなよ、と言う。失礼しちゃうわ。

カノンも同じことを聞いてくれはしないかと少し期待してたんだけど、双児宮を通るとき彼は顔を出さなかった。いつもは必ず声を掛けてくれるのに。どうして今日に限って、いないのか。まあ都合が良いと言えば良いけれど。やっぱりちょっと寂しい。
そんなことを考えながら、買い物を済ませた。



そして夕刻、オレンジ色の空の下、買った物を携えて私は双児宮やって来た。
けど、やっぱり誰も出てこない。一応女中さんは居たから、中に入れてもらった。今呼んできますね、と言われたので慌てて断った。居るなら、自分で呼びに行くわ。それにしても、何故?調子でも悪いの?


そんな心配をしながらドアを叩いた。そして、名前を呼ぶ。大分間があってから、ドアはがちゃりと開いた。のそり、とカノンが顔を出す。

「悪い、寝てた。」

長い金の髪を掻き上げながら、カノンが気怠げに聞く。その顔は何だか少しだけ青い。体調が悪いわけではなさそうだけど。カノンらしくない。


「嫌な夢でも、見た?」

そう聞くと、カノンは驚いたようだった。綺麗な目が見開かれたから。


「そんな顔だったか?」
「うん、今も。」

カノンは目を細くして、そうか。とだけ言うと、部屋の中に入っていった。私もそれに着いて入る。そして二人とも、自然にいつもの位置で座った。ソファに、隣合わせ。


「で、どうしたんだ?」

そう聞かれて、本当なら「待ってました」と言って例のモノを出したかった。でも、カノンの気分があまり良くなさそうだから、少し躊躇ってしまう。
けれど、私がうじうじしてる間に、カノンが見つけてしまった。


「何だそれ、食いもんか?」
「・・・ケーキをね、買ってきたの。」

カノンは少し驚いたみたいだったけど、ふうん、と返した。袋から箱を出して開けると、中に入った2つのケーキをカノンがそれを覗き込んだ。

「今、食べれる?」
「ああ、食べれるが・・・」

箱の中身を見せて「どっちがいい?」と聞くと、カノンはどっちでもいいと言う。予想はしてたけど。じゃあ私がこっちね、と苦そうな方をカノンに渡した。


「何でいきなりケーキなんだ?」
「私たちの国ではね、誕生日をお祝いするのにケーキ食べるんだよ。」

カノンの質問に答えながらフォークを差し出したけど、それは受け取ってもらえなかった。


「生まれた日を、祝う・・・?」
「そうだよ。今日、誕生日でしょ?」

ギリシャに誕生日を祝うという習慣はない。だから驚くのも無理はないかもしれない。でもせっかくのあなたの誕生日、私が祝わないわけにはいかないじゃない。

「俺、の?」
「うん。あ、まだ言ってなかったね!」


おめでとう、と言おうとしたら、口を塞がれた。彼の大きなてのひらで。
吃驚して、カノンの方を見ると、


泣いてしまいそうだった。



硬い手はすぐに外された。
彼のすまん、という一言に、こっちまで泣きそうになった。


「悪いが、それは食べられない。」

「・・・そっか・・・。」


ああ、私、ばかだ。

考えが、足りなかったみたい。カノンはいつも笑ってるから、気付けなかった。
彼が負っているのは、生半可なものではないんだ。

カノンはまだ、自分の生を喜べないんだ。



「寂しい・・・。」

本当に小さな、声でもないほどの音と一緒に、涙がぽろりと落ちた。ここで泣いたら、きっとカノンはまた自分を責める。そんなことわかってたけど、止まらなかった。
とても、寂しい。悲しい。


・・・」
「祝うな、って言うなら、祝わないけどさ・・・」


カノンにとっては、誕生日なんて嬉しくも何ともない。寧ろ、自分の業を思い知らされる、もっとも嫌う日かもしれない。部屋に隠ってしまうほど、思い悩んでいたんだもの。いい日な筈がない。そんな日を、何も知らない私が“おめでとう”、なんて言えない。

でも、それでも、
悲しいだけの日になんてしてほしくないよ。

カノン、あなたは自分を嫌うかもしれないけどね、私はあなたが大好きなの。



「私は、嬉しいよ?」


小粒の涙を袖で拭いて、顔を上げた。
今日何度目かの、目を見開いたあなた。


「だから、ありがとう・・・」


言った後で恥ずかしくなって目を逸らすと、カノンに思い切り抱きしめられた。耳元で、ばかやろう、とカノンが言ったのが聞こえた。溜まらなく愛しくて、両手で広い背中を抱き返した。





海底のカルマ
浮かんできた気泡を押し沈める力は、もうない。